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「往復書簡」 湊かなえ

『往復書簡』

往復書簡 (幻冬<br /><br />舎文庫)

 著者:湊かなえ
 出版社:幻冬舎文庫





・『十年後の卒業文集』
・『二十年後の宿題』
・『十五年後の補習』
・『一年後の連絡網』
・『一年後の連絡網』
以上からなる短編集

『十年後の卒業文集』
高校を卒業して10年後、放送部だった2人の結婚式に仲間だった同級生が集まる。だがそこには新郎の浩一と当時付き合っていたちーちゃん(千秋)の姿はなかった。しかも噂では現在行方不明だという。海外で生活しており久しぶりに皆と再会した悦ちゃん(悦子)は、一体何があったのか真相を知るため同級生のアズ(あずみ)と新婦の静ちゃん(静香)に手紙を書くことにした。

こんなことってあるんだろうか。いくら10年ぶりといっても…ねぇ?それはさておき、書簡の中で高校時代のことを振り返る悦ちゃんとアズ。詳細なことまでよく覚えてるなー。私なんて10年前のことなんて何一つ覚えてないよ~。そこまで昔のこと、ちーちゃんのことを掘り下げる必要があったのかな。結婚した仲間を素直に祝福してあげるだけじゃダメだったの?ここまでして真相をする必要があったの?と思ってしまう。メールだと、すぐ書き直せたり削除できるので、言葉を選んで書くことができる。だけど手紙は、ふと話が逸れてしまった時、別に書かなくていいことまで書いてしまう。なので手紙の方が、書き手の正直な気持ちが見え隠れしてるような気がする。それを上手に使って女性の心理(思い込みや想像)を描いているのが湊かなえさんならではと思った作品でした。もし数年後に同窓会を開くことになり、正真正銘全員出席し顔を合わせた時のことを考えると…これが一番怖いかも。

『二十年後の宿題』
教師をしている大場は、卒業してからずっと年賀状のやりとりがある小学校時代の恩師である竹沢先生から、ある依頼の手紙が届く。退職を機に、ある6人の生徒たちの今の様子が気なるが、自分は入院していて調べることが出来ない。なので代わりにこの6人の今の様子、また、みな幸せな生活を送っているか会って確認して欲しいと。大場は早速1人ずつ会いに行くが、同時に当時起こったある事故に関わりがあることも知り、それぞれから当時の記憶、また現在思うことを聞き、その都度恩師に話したことを手紙で報告。だが6人目にはなかなか会えずにいたが……。

当時小学校4年生だった6人。担任だった竹沢先生夫婦と6人が図工に使う落ち葉を拾いに行った時に起こった不幸な事故が基盤に。この事故に遭遇した6人がその後どのように過ごし、現在はどのような人生を送っているのか。次第に明らかになっていく生徒たちのそれぞれの立場や視点からの事故の詳細、そして今はどう思っているのか。なんて言ったらいいんだろう、最初は軽く、徐々に重くって感じ?入院してても先生自身が手紙を書けばいいはず、あるいは気になってるなら退職前でもよかったはず…という疑問がラストで払拭。生徒想いの先生ではあるけれど、この方法で本当に良かったのかな。生徒の中には思い出したくない人もいるだろう。先生に今の気持ちを伝えられて良かったと思う人もいるだろう。でも方法はどうであれ、先生自身も6人の現在、そして当時のことをどう思っているのか気になってたのは確か。結果オーライで良かった~と思ってましたが、よくみると最後の手紙には差出人の名前がない、ないよ~!!どういうこと?最後から2つ目の手紙を読む限りハッピーエンドだと思ってたんですが違うの?!って思っていたら最後に収録されている『一年後の連絡網』になにやらその後が少し描かれてた!でも彼女の相手が誰であれ、ある意味ハッピーエンドに変わりはないか。最後に、蕗味噌入り焼きおにぎり、エビと白身魚のすり身入り卵焼きが食べたい~。

P.S 映画『北のカナリアたち』の原案が読みたかったのが本書を借りた理由。といいつつ映画は観てませんが^^;映画のHPのあらすじや予告編を観る限り内容がちょっと違う模様??どうなんだろう。気になるのでいつかDVD借りて観るぞー!

『十五年後の補習』『一年後の連絡網』
国際ボランティア隊としてP国へ2年間赴任することが決まった純一。学生時代から付き合っている万里子は、純一が30歳を目前に国際ボランティアに参加しようと決断したのは、15年前の"出来事"が影響しているのではないかと思い手紙を書く。徐々に明らかになっていく当時の"出来事"。果たして真相とは…

遠く離れた国へ国際ボランティア隊として2年間行ってしまった彼氏と、日本にいる彼女とのラブラブな往復書簡だと思っていたら、15年前の"出来事"が徐々に明かされていき、決して思い出してはいけない何かが見えてき、どういう結末を迎えるのかハラハラしながら読みました。ラストの手紙のその後はどうなったの?もしかして警察が来たの??なんて思っていたら『一年後の連絡網』を読んで、私の想像が全く見当違いだったことは判明^^;そっかー、そういうことか。2年間会えず、手紙を受け取るのに20日もかかる遠く離れた国に相手がいるからこそ、手紙という手段が一番活かされていた作品でした。余談:5×0=0 どんな数字でも0をかけると応えは0。この例えが内容とどうリンクしているのかイマイチ理解出来てないデス^^;

『一年後の連絡網』は、国際ボランティアとしてT国とP国に赴任している隊員同士の書簡。『二十年後の宿題』、『十五年後の補習』の後日談らしきものが。通信手段が手紙だけという国へ国際ボランティアとしてる者にとって、手紙は大きな活動源になるという。これはすごく説得力あるかも。
巻末の「文庫化によせて」では、映画『北のカナリアたち』主演の吉永小百合さんへのインタビューが記載。吉永さんがおっしゃるように、この本に収録されてるのは「あなたならどうする?」「あなたなら、過去を乗り越えて、どういう生き方をしますか?」と問いかけがされているような気がします。

手紙は後々まで残せるもの。もちろんメールだって残せるしプリントアウトして手元に置くことも出来る。でもメールと違い手紙は手書きで、あとで読んだ時に当時の想いが垣間見れて味わいがあるような気がする。特に本作のように、昔のある出来事について、現在の時間から告白する形だと、相手からの返信を待ってる時間がとてつもなく待ち遠しい。手紙だから聞いたり言えることもある。どの作品も現実的には不自然すぎる気もするけど、それでも面白く読めたのはやっぱり湊かなえさんだからかなと思った1冊でした^^

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「ツナグ」 辻村深月

『ツナグ』

ツナグ (新潮文庫)

 著者:辻村深月
 出版社:新潮社 新潮文庫





<簡単なあらすじと感想>
一生にたった一度だけ、死者との再会を叶えてくれる案内人。生きている人が会いたいと望む、すでに死んでしまった人との再会を仲介する。それが使者(ツナグ)。依頼人が死者に会えるのは、生涯に一度、一人だけ。死者も生者に会えるのは一度だけ。なので一度死者に会ってしまうと、再び会いたい死者がいても会うことが出来ない。一方、死者は会いたいと願う生者に対して断ることは出来るものの、一度会ってしまうと他から会いたいと依頼がきても会うことができない。世間からは都市伝説のように思われているが、祖母からを受け継いだ見習いの歩美が「使者(ツナグ)」として依頼者と会う。



『アイドルの心得』
家族から疎まれ会社でも居場所がない平瀬愛美は、三ヶ月前に急性心不全で亡くなった元キャバ嬢という経歴を売りにしていたマルチタレントの水城サヲリに会うため、使者(ツナグ)に依頼をする。ツナグから、死者にとっても生者に会える機会があるのは一度きり、なので断られる場合もあると聞かされる。家族でも友達でもない、ただのファンである自分と会ってくれるのかと思っていたところ、ツナグから連絡が入る。

水城サヲリは有名人なので会いたいという依頼が多く、いちファンである自分なんかとはきっと会ってくれれないだろうと諦めていたところ、まさかのOK。大事な1回を自分のために使って申し訳ないと思う愛美に対し、水城サヲリの返した言葉は的を得ていて納得。さらに彼女は愛美に伝えたかったことがあった。映画を鑑賞し、原作が読みたくなって本作品を借りてきたのですが、映画では『アイドルの心得』はバッサリ切られてました^^;ツナグの役割、どのような経緯でツナグを知り連絡を取ることができるか、また愛美目線でツナグの見た目が詳しく書かれており、結果としても前向きな内容なので、一発目ならではという感じでした^^

『長男の心得』
長男で店を継いでいる畠田は、山を売るために必要な権利書のありかが知りたいので二年前に亡くなった母親に会いたいとツナグに依頼。最後まで死者に会えるとは信じておらず、ずっとインチキか詐欺だと疑っていたが、ツナグへの連絡先は、生前、母親から教えてもらったものだった。実は母親も生前一度ツナグに依頼したことがあるという。そして母親と再会――

長男として家業を継いだ畠田。家業を持つ古い家のせいか、長男は家を継ぐもの、一族を守る者ととして言い聞かされて育てられる。弟はのびのびと育てられる。といっても畠田は物心つく前からそういうものだと育ったので不満はない。が、その責任感からか超頑固で不器用で憎まれ口ばかり。家族、親戚に頭ごなしに怒鳴りつけ褒めることはまずない。でも母親は家族のことは何でもお見通し。もちろん長男である畠田のことも…。映画を先に観たので母親が登場した時にすでに目頭が熱くなってしまった(TT)。映画では畠田の息子と奥さんの件が少なかったけど、原作では母親の性格を受け継いでるらしく頑固親父にこの妻と子ありという感じで良かったデス。ラストも良かった(涙)。畠田=遠藤憲一さん、母親=八千草薫さんはハマリ役!

『親友の心得』
演劇部に所属する自分が一番じゃないと気がすまなくプライドが高い嵐と、嵐のことを立て素直に褒める御園。2人は正反対な性格だったが趣味が合うこともあり仲が良かった。だが演劇部で公演する配役を決める時、いつも裏方だった御園が立候補し主役の座を奪われてしまう。御園さえいなければと思った嵐はある行動に出る。その結果…。嵐はツナグに連絡を取り御園に会えるよう依頼。自分のしたことを他の人に喋られる前に自分が先に御園に会っておこうと思ったのだった。そこに来たのは御園と嵐が気になってる同級生の男の子だった。

映画の感想でも書きましたが、他の依頼者と違い、彼女だけは死者に会いたいと願う目的が違う。自分が楽になりたいため、自分が犯した罪を他の人に喋って欲しくないため。で、実際に会った御園は頼みがあって会うことを承諾したという。この理由は本心?亡くなった御園と再会したことで嵐は一生忘れることができない"後悔"を背負ってしまったように見えるけど、これも御園が望んだこと?ツナグに伝言を託した理由は?嵐がそれを心配していたから安心させるため?それとも嵐に対しなにか意図があったの?「嵐、どうして」と言った御園の最期の言葉。この続きは?映画ではさほど疑問に思わなかったことが、原作を読んで疑問がどんどん膨らんできました…。一番インパクトあって映画でも一番涙した作品でしたが、本当に会ってよかったのか、会わない方がよかったんじゃないか、御園の本心はどうだったのか…いろいろと考えてしまう作品でした。

『待ち人の心得』
土谷は9年前に日向キラリと出会い、その後付き合うことになり結婚を約束した途端に彼女は失踪してしまった。そんな時、土谷は病院の中庭のベンチで知り合った老女に「会いたい人がいるんじゃないか」と聞かれ、ある電話番号を渡される。ツナグへの番号だった。自分の意思で離れていったのか、それとも何かあって連絡できない状態になったのか――気になった土谷はツナグへ連絡することに。だがツナグを通し会えるということは既にキラリは亡くなってることになる。果たして土谷はキラリと会うことが出来るのか。

これは映画よりも小説の方がぐっときた。映像では出会いから結婚まで少しミーハー的な感じがしてたんですが、小説ではそこまでの過程が映画より詳細に書かれており、なんとなくわかったような気がする。あくまでも気だけだけど^^;そしてツナグ=歩美の、ツナグとしての成長度というか人間味が垣間見れて良かった。

『使者の心得』
仕事の依頼ではなく、歩美が祖母から仕事を受け継ぐ経緯、両親など歩美側が描かれてます。使者(ツナグ)になった者は、自分が会いたいと望む死者に自分で交渉することができないと聞かされた歩美。なのでもし会いたい死者がいるなら、仕事を引き継ぐ前に自分が会わせると言う祖母。そして誰に会いたいか考える歩美。一方、今まで受けた依頼を歩美目線でも書かれており、その後が少しわかるように。

歩美は誰に会いたいか――。歩美が誰かを指名すると死者との引導をするツナグもその人物に会うことができる。祖母が会いたいと思う死者に、歩美は会わせてあげることができる。そんなことを考え、今まで受けた依頼を考え、結論を出す歩美。両親の死の真相は切ない。そしてダッフルコート!重要な役割をしてたのね。
全体を読んで感じたこと。最初は家族でも友達でも恋人でもない2人。次は親子。次は友達。次は恋人。そして次は歩美自身、家族について、ツナグという役割について。死者と会うことで救われる者もいればそうでない者もいる。この構成はうまいなーと。自分なら誰に会いたいだろうかと思わず考えてしまう。映画も小説も良い作品でした。映画の感想はこちら

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