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「台北カフェ・ストーリー」 <2010東京国際映画祭>

『台北カフェ・ストーリー』   第36個故事  TAIPEI EXCHANGES

第36個故事1

製作年:2010年
製作国:台湾
監督:シアオ・ヤーチュアン(蕭雅全)
プロデュース:ホウ・シャオシェン(侯孝賢) 
出演者:グイ・ルンメイ(桂綸鎂)、リン・チェンシー(林辰唏)、チャン・ハン(張翰)、中孝介

<簡単なあらすじ>
ドゥアルが経営するカフェは、コーヒーとお手製のデザートの香りで満ちあふれている居心地のよい空間だ。そこはドゥアルにとって優雅な場所となるはずだった。しかし、彼女の姉妹・チャンアルのせいで台なしにされてきた。ドゥアルが反対するのを無視して、チャンアルは客と品物を交換し始め、それが店の最大の呼び物となっているのだった。ある日、ひとりの男がやってくる。彼は何か特別なものを交換するために、いろいろな町から集めてきた物語を持ち出す。風変わりな数々の物語は、ドゥアルの心を美しいイメージで満たしてゆく。ドゥアルはこの物語と引き換えに、何を諦めることになるのだろうか?
(TIFF公式HPより引用)

<感想>
すでにオシャレな雰囲気が漂う冒頭。今風のカフェ、経営は美人姉妹。この時点でもう目の保養になること間違いなし^^夢希望を持ってカフェを開いたものの客は来ない。姉ドゥアルは開店祝いで元同僚からもらったガラクタのような品物が店内を埋めてるせいだと思い捨てる決意するが、ある日、客の1人からそのガラクタの一つを買いたいという言われ、掃除の手伝いと引き換えに譲り渡した妹チャンアル。そこから客と物々交換するようになりあっという間に話題となり店は大繁盛!まぁこんな感じのストーリーです。

「第36個故事」というタイトルの意味は作品を観て理解。張翰演じるお客さんが持ってきた36ヵ国の石鹸とそれにまつわる話だったのね。お客さんの1人なんだけど、張翰が演じてるから1回こっきりの登場のわけがない。行った国の話をしに何回も来るわけなんですが、それに魅了しちゃったルンメイちゃん、そりゃ夢も膨らむよね。 

妹が勝手に始めた物々交換、最初は嫌がってたドゥアルだけど途中から立場が逆に。ドゥアルの方がいつの間にか物々交換に対し優しい気持ちになっていて妹の方がお目当ての品となかなか交換できないせいか無愛想に^^;お客さん相手にあの応対はどうなの?と思いつつ、上映後のQ&Aでの妹演じる林辰唏ちゃんの受け答えがちと無愛想だったのはもしやまだ役柄を演じてた?と思えたり。←あら、私、意地悪な言い方してる?ただ単に口下手だったらゴメンネ。

この作品を観た前日と前々日に『孔子』、『ボディガード&アサシンズ』の歴史大作、そして『モンガに散る』を観たせいか『台北カフェ・ストーリー』は安心してゆったりと鑑賞できたのですが、張翰が自分が持ってきた石鹸とルンメイちゃんが書いた絵を突然持って帰ってしまったのが今なお理解出来ない…。んでもってあの手紙でしょ?んでもってルンメイちゃんのあの決意でしょ?その展開がどうもわからんのです。。いや、わからないというかもうちょっとそうなるまでの経過が欲しかったんですが、この作品ではそんな余計なことは必要ない雰囲気が…。なんでしょ、オシャレな映像・美人姉妹を楽しむ雰囲気の映画ってな感じ。中孝介の登場はとってつけた感がちょいあったような…。気のせい?

Q&Aで監督がおっしゃってたんですが、実際、この映画を制作するにあたり舞台となるカフェを作っちゃったそうな。今も営業中なんですって。姉妹は旅行中でいないらしいwルンメイちゃんが作っていたケーキやクッキーも売ってるのかなぁ?かなり美味しそうだったけど♪あとルンメイちゃんの出演は決まっていたそうで、姉役にするか妹役にするかは決まってなかったそうな。数年目にCMで知り合った林辰唏ちゃんに会うといい感じに成長してて妹役に決まったそうです。←多分そんなことを言ってたような気がする。。

可愛いオシャレな映画ではあったけど、私にはちょっとオシャレすぎで夢物語のような作品でした。張震のお兄さんである張翰が見れたこと、ルンメイちゃんの妹役の林辰唏ちゃんがとってもキュートだったこと、姉妹のお母さんのキャラが面白かったことが最大の収穫でした♪

↓これが妹役の林辰唏ちゃん

第36個故事2

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「ボディガード&アサシンズ」 <2010東京・中国映画週間>

『ボディガード&アサシンズ』    十月圍城  BODYGUARDS AND ASSASSINS

十月圍城1

製作年:2009年
製作国:香港
監督:テディ・チャン(陳徳森) 
出演者:ドニー・イェン(甄子丹)、ワン・ シュエイン(王學圻)、レオン・カーフェイ(梁家輝)、ニコラス・ツェー(謝霆鋒)、フー・ジュン(胡軍)、エリック・ツァン(曾志偉)、クリス・リー(李宇春)、ファン・ビンビン(範冰冰)、ワン・ポーチェ(王柏傑)、レオン・ライ(黎明)、サイモン・ヤム(任達華)、ジャッキー・チョン(張學友)、ミッシェル・リー(李嘉欣)、チャン・ハンユー(張涵予)、ジョン・シャム(岑建勲)、周韻、メンケ・バータル(巴特爾)

<簡単なあらすじ>
1906年、香港。活動家・小白は重要なある情報を入手する。腐敗した清朝打倒を目指す孫文が8日後に香港を訪れ、武装蜂起のための密談をおこなうというのだ。そして彼を狙う清の暗殺団が派遣されたという。小白は孫文を守る護衛団を結成すべく奔走する。まず仲間に誘ったのは町の有力商人の李。最初は消極的だった李だが、次第にその使命に目覚め、協力を決意する。そして計画前夜、彼らの下に集ったのは李の使用人である阿四、物乞いに身を落とした武術家の劉、そして暗殺団のスパイだった警官の沈など、名もなき民間人からなるメンバー。愛する者のため、己の信念のため、それぞれの思いを胸に彼らは命がけの戦いに臨む。
(2010東京・中国映画週間カタログから引用)

<感想>
孫文が支持者たちと無事に密談し、香港から送り出すまでの数日間をイギリス植民地香港を舞台に描いた歴史アクション大作で、その孫文を護衛するボディガードたち、資金面で援助する者が孫文を守るために清の刺客に立ち向かう話。

前半はボディガードを有志で募ったり、彼らの背景の説明があったりと孫文を迎えるまでの準備が描かれていて割とゆったりと進んでいきます。孫文が香港に来てからの後半、やっとボディガードvs刺客の死闘に入り、展開が早く物語が急ピッチで進んでいくという感じ。孫文が来るまでの前置きが少し長いかなと思いましたが、前半の各々のドラマがあるからこそ後半に結びつくのかなと。

孫文を信じ、彼のために命を顧みず立ち向かう。心底から革命を願っている人から、よくわからないまま参加している人、個人的理由から参加している人などいろいろいますが、共通しているのは皆が命を賭けて懸命に戦っているってこと。

甄子丹・胡軍・黎明の見応えあるアクション、王學圻・梁家輝・謝霆鋒らの素晴らしい演技が融合しておりどちらかに偏らず楽しめたのがよかったです♪
甄子丹のアクションはかっこいいし王學圻の葛藤ぶりもよい!ドニーをあそこまで真剣にさせた範冰冰の一言に女のコワさ、男の弱さを垣間見たような気がする…。胡軍は今までのイメージと全然違ってコワいよ…。インパクトありすぎ~。『ピンポン』に出てた中村獅童もびっくりだわ。おかげで今後の胡軍のイメージがこの役になっちゃったじゃないか~。
謝霆鋒は2枚目役じゃなくてもこんな役も出来るんだと見直した!主人の李玉堂を心から慕い守ろうとする姿、そして阿純との淡い恋愛も素朴でよいです♪黎明は…なんだろう、思わず失笑したくなるのは…。ってか最初誰だか全然わかんなかったよ。オープニングのみ出演のあのお方もあとになって誰だか気付いた訳で^^;ゲスト出演?
私の好きな任達華の出番が少なかったのはちと残念。そして曾志偉、あなたの眉毛には笑わせてもらいましたw彼は役に合わせて眉毛のメイクが違うので、毎回楽しみっていうか毎回笑わせてもらってますぜ!

そして忘れちゃいけないのが王柏傑くん。商人である李玉堂の息子:重光役の子ってどこかで見たことがあるなーとずっと思ってたんです。でも何の作品で見たのかまったく思い出せない。ブログ朋友の孔雀の森さんに「『九月に降る風』に出ていた子」と教えていただき思い出しました!男気があって最後にキレてた子だ!『九月に降る風』を観た後に王柏傑くんのファンになり、今後は彼を応援していきます!とブログで熱く語ったことをすっかり忘れてました…。『9月~』でも最後に頭を丸めてましたが全然雰囲気違うんですもん。。何が違うって眉毛?本作品のために眉毛を下がり気味にしてる?

↓上は『九月に降る風』の王柏傑くん。下が『ボディガード&アサシンズ』の王柏傑くん。ね?雰囲気全然違うよね?
王柏傑1
王柏傑2

表の主役は孫文ですが、本作品は孫文ために尽力する裏の主役たちの物語。半分アクション、時に恋愛、時に親子愛とそれぞれにドラマがあります。こうやって革命が起こり、時代が変わっていくんだなと思いました。そういや冒頭で、女子生徒がゲスト出演の先生にいいこと聞いてた!「民主化を見ることができる?」みたいな事を質問し、先生が「君(の時代)なら見れる」みたいなことを言っていたような。民主化…今なお時代が変わってないような気がするのは気のせい…?

ところでオリジナルを観た方の何名かの感想では、中国側と香港側の人間をわかりやすくするために劇中では中国語と広東語を使いわけてるようなことを書かれてたんですが、広東語話してる人いましたっけ?

もう一つ、『孔子』に引き続きこちらも字幕がヒドい(><。)。中国語の漢字がそのまま字幕に使われていたり、セリフの語尾がおかしかったり。男女混合なっていて男性の話す言葉の語尾が女性っぽい語尾になってたりする。上映前のオープニング・セレモニーではスクリーンに「国際映画」とでかでかと映されてたし(-ω-)
1人も誤字に気付かないってあり得ないよね?もしや中国語では映画を映画と書くとか?んなわけないか。。
出演者が豪華で見応えもある今作品、次はちゃんとした字幕で観たいもんです。

「孔子」 <2010東京・中国映画週間>

『孔子』    孔子 CONFUCIUS

孔子

製作年:2010年
製作国:中国
監督:フー・メイ(胡玫) 
出演者:チョウ・ユンファ(周潤發)、ジョウ・シュン(周迅)、チェン・ジェンビン(陳建斌)、レン・チュアン(任泉)、ルー・イー(陸毅)、ヤオ・ルー(姚櫓)、ワン・バン(王斑)、マー・チンウー(馬精武)

<簡単なあらすじ>
魯の没落貴族の家庭に生まれた孔子は、社会の混乱した状況を憂い、その時代を超越した思想と智慧をもって春秋諸国の歴史的発展に影響を及ぼさんと希望していた。しかし、その時まだ孔子の時代は訪れていなかった。魯国に仕官し、その勇気と智慧によって魯国に尊厳と大きな希望をもたらしたにも関わらず、孔子の政治的理念は現実の前に破綻し、孔子は多くの弟子を引き連れ諸国を14年にわたり奔走することとなるが…。
(2010東京・中国映画週間カタログから引用)

<感想>
思想家で儒教の祖である孔子の半生を描いた歴史大作。52歳の時に魯の中都の宰となり、その後、大司寇に就任するも孔子の思想は受け入れられず、職を退き弟子たちと一緒に諸国を14年間奔走、そして魯に戻り生涯を終えるまでを描いています。

前半は自分の思想をもとに子どもを助けたり、時には周囲との意見が衝突したりつつも魯国のためを思い魯君の側であれこれと尽力するのですが、やはりそれを鬱陶しく思い敵対する人物もいるわけで…。

私自身、孔子の思想をちゃんと理解していないのでイマイチ映画にのめり込めませんでしたが、礼儀を重んじる、調和社会の実現、弟子を大事にすることだけはわかりました。←これだけって?これだけですw 実際、弟子が数千人いたそうなので信頼がありカリスマ性があったんだろうなぁと。
思想家でありながら、合戦で敵に強烈な火の玉攻撃したのにはちと驚いた…。孔子は慈悲深く命を大切にする人だと思っていたので。。

個人的には14年間にも及ぶ周辺諸国の旅よりも、生い立ちから思想家になるまで、孔子の教え、弟子たちへの教育内容など、孔子という人物がこの時代にどのような思想を説いていたのか、もの凄いわかりやす~く理解できる内容の方が嬉しかったかも。ってかこの映画を観る中国の方はこのような基本をわかった上で観るので、上記のように思うのは私のような勉強不足の者だけだろうな(笑)。しかも生い立ちから描いてたら2時間ちょいで収まりきれないし^^;

最後に…字幕がヒドかった(><。)。中国語は殆ど理解できないので翻訳がどーのこーのではなく、中国語がそのまま字幕になっていたり、なぜか英語の字幕がでたり。2010東京中国映画週間カタログの内容説明でも"孔子"が"仔牛"になってるし…。この作品に対し「素晴らしい内容だった!」と思えなかったのはきっと字幕のせいだ!きっとそーだ。そーだそーだ。そういうことにしておこう!いや、しておいてw

全体的に良くも悪くも教科書みたいな感じで伝説的孔子を描いた作品という印象でした。チョウ・ユンファは見事孔子を演じきっていたと思います^^

「素数たちの孤独」 パオロ・ジョルダーノ

『素数たちの孤独』   LA SOLITUDINE DEI NUMERI PRIMI

素数たちの孤独(ハヤカワepiブック・プラネット)

 著者:パオロ・ジョルダーノ (Paolo Giordano)
 訳者:飯田亮介
 出版社:早川書房 ハヤカワepiブック・プラネット 




<簡単なあらすじ>
双子の妹を公園に置き去りにしてから自責の念にかられ心に深い傷を負ったまま、まるで世界を拒否してるかのようで自傷癖があるマッティア。スキーで片足が不自由になったのは無理矢理スキーをさせた父親のせいだと憎み、心身ともに傷つき、世界に拒否されたかのように感じている拒食症のアリーチェ。孤独の殻に閉じこもった2人は高校で出会い、やがて恋とも友情ともつかぬ関係を育んでいく。大人になりそれぞれの道を歩む2人だったが、アリーチェがあるものを見たことをきっかけに再び出会う。久しぶりに会った2人は…

<感想>
イタリアで2008年、ストレーカ賞を受賞した作品(といっても私は初めて耳にする賞だけど^^;)。なんでも著者パオロ・ジョルダーノは史上最少の26歳、しかも処女作、さらに本職は物理学者ということで相当話題になったそうな。

この作品の映画化が第23回東京映画祭で上映されてるみたいで、少し前に某サイトで"原作はかなりいいらしい"と噂になっていたので借りてきました。映画の方は全くノーチェックだったので、詳細内容も著者についても予備知識なく読んだので"恥ずかしがり屋の2人の恋物語"ぐらいの軽い感じの本かと思いきや…

互いに心身傷を負い惹かれ合う2人。だけど心の奥深くにある孤独を完全にぶつけるはできずにいる。そんな2人の成長を交互にそれぞれの立場から描いた物語。暗い雰囲気になりがちな内容なんですが、どんよりしておらず意外と淡々としてる?2人が今のようになった原因、経過、それによって変わった生活、親・周囲のとの関係なども順序追って丁寧に説明してくれているので感情の変化がわかりやすく読みやすいかなーと^^

傷つけることも傷つけられることもなく、1人ですることができ、どれも同じ口調の教科書は選ぶ余裕を与えてくれるから勉強(特に数学)が好きになったマッティア。孤独→勉強好きになるとはこれはこれで将来が明るいなとちょっと的外れなことを思ってしまった(笑)。

そんな数学好きのマッティアは2人の関係をこう表現。以下引用

「素数は1とそれ自身でしか割り切ることができない。自然数の無限の連なりのなかの自分の位置で素数はじっと動かず、他の数と同じくふたつの数の間でおしつぶされててこそいるが、その実、みんなよりも一歩前にいる。彼らは疑い深い孤独な数たちなのだ。素数が普通の数の間に紛れているのはひょっとすると何かの間違いに過ぎず、ネックレスの真珠のようにそこにはまり込んで動けなくなってしまっただけでないか。あるいは素数だってみんなと同じ、ごく普通の数でいたかったのかもしれない。ただ、何かの理由でそうすることができなかったのではないか。
"双子素数"――隣りあったふたつの素数をいう(より正確に言えばほとんど隣りあった素数のペア)。ここで”ほとんど”と言うのは、このふたつの素数の間には必ずひとつの偶数があり、両者が本当に触れあうことを妨げているからだ。例えば11と13、17と19といった素数がそうだ。辛抱強くさらに数えていくと、先に進めば進むほどこうしたペアが滅多に現れなくなることが分かる。ひとつの素数から次の素数までの距離はますます遠ざかるが、数えるのを止めようと思ったまさにその時、そこでしっかりと抱きあっている新たな双子に出くわすのだ。」


なるほど、この関係の説明はわかりやすい。全ては自分自身で割り切る、自分の人生は自分で変えるもの、すなわち自分自身だけが解決への道を知っている。ということでしょうーか。そして2人は近くにいるが間に何かしらのものがあるためそれ以上ひっつくことはない。少し遠ざかっても、また存在が近くにやってくる。だが本当に触れ合うことは決してない。うーん、はがゆい。

1枚の手紙から数学に対し天才的な頭脳を持つマッティアは外国へ、一方アリーチェはカメラマン(見習い?)となり別々の人生を歩み始めるが、1枚の手紙でまた再び出会う。選択のきっかけはあるものの2人ともが今より一歩前へ出ることはない。心の中では進みたいと思っていても。こうしておけばよかった、会っている時に次はこうしようと思いはするものの実際行動を起こしたりはしない。次に何をすべきかわかっているんだけどね~。
とこのように時折、2人には決断を迫られる箇所があり、それぞれが決断した結果をみても素数な関係。だけどそれについてうじうじ思い悩むことはしない。そしていつもの生活に戻り…。こういうところがマッティアの言う素数のような関係なんだろうなー。逆のこの関係だからいいのかもしれない。そんな互いの存在が、結局のところ自分の殻を破るきっかけとなったりもするわけで。といっても2人の生活に今後、大きな変化はなさげかも…

2人とも両親との距離が随分あったのですが、年を重ね少しでも距離が縮んだ(縮もうとしている)のが救い。特にマッティア。アリーチェの方は自分のことでいっぱいいっぱいで、どちらかと言えば父親に対し恨み言を思う余裕がなくなったという感じ^^;
読み終えてこの作品は映画化にふさわしい作品だと確かに思いました。作中に舞台となる町の名は出てこないけどイタリア人が見ればわかるらしいトリノの町並みも堪能できそうだし、2人の成長過程を映像で観てみたいと思わせてくれる。映画祭での評判はどうなのかな?一般公開されるのかしら?

最後に:3で割れるかどうかを知るには各桁の数を足し合わせて3の倍数かどうか調べればいいらしい。これは勉強になった☆(一般的に知られてそうな法則なので今頃になって初めて知ったのがちと恥ずかしい…)

「乱暴と待機」

『乱暴と待機』   

乱暴と待機1

製作年:2010年
製作国:日本
監督:冨永昌敬 
原作:本谷有希子
出演者:浅野忠信、美波、小池栄子、山田孝之

<簡単なあらすじ>
木造平屋建ての市営住宅。そこで英則と奈々瀬は奇妙な共同生活を送っていた。兄弟でもないのに英則を"お兄ちゃん"と呼び、英則はマラソンに行くと言って出かけ、屋根裏の天井隙間から奈々瀬を覗いていた。彼は20年前に起きたある出来事で奈々瀬にこの世で最も酷い復讐を夜な夜な考え、奈々瀬はその復讐がされるのを待っている毎日。そんな中、近所に番上と妊娠中の妻あずさが引っ越してきた。あずさは奈々瀬の顔を見て高校時代に自分を酷い目に合わせた同級生だと気付き、怒りを爆発させる。さらにあずさの目には奈々瀬が番上にまで気を引こうとしているように見えただけでなく、浮気現場を目撃し包丁を持ち出し奈々瀬に詰め寄るが…。その様子を天井裏から見ていた英則は…。

<感想>
予告編で面白そうだなと思い観てきました!
初めて本谷有希子さんの作品を観ましたがとっても独特の世界なんですねー。それほど突拍子もない奇想天外なストーリーではないんですが、英則と奈々瀬ペアは…現実にいたらかなり変だよね?英則は何かを読んでいるような話し方、奈々瀬はいつも他人の機嫌を伺ってるおどおど喋り。いたって真面目にこれらの口調で話してるのを見てると滑稽に見えてきちゃう。と最初は思っていたのですが、観ていくうちにだんだんと慣れてきちゃいました。最後には2人はこれでいいんだと思えてきちゃうのは本谷ワールドなのか?!

番上とあずさカップルはどこにでもいそうなカップル。特にあずさは無職で女も生活もだらしない夫を持つしっかり者の姉さん女房で一番まともな考えを持ってると言えそう。多少気が短いけどwってか窓であろうが仏壇であろうが崩壊し放題にはちと驚いた。。いくら映画とはいえ仏壇はどーだろ^^;番上夫妻と比べると英則と奈々瀬カップルは…どうみても異色。いや、比べなくても一般的にみても異色。。

後半はいつまでも復讐をしない英則、拘束されてるわけじゃないのにそれを何年も待ってる奈々瀬。「永遠の愛は疑ってしまうけど、永遠の憎しみなら信じられる」と思ってるようで意外にも純愛な2人なんだなと。ただ単に不器用なのか変わり種の2人なのかは紙一重っぽいけど(笑)。
前半は変なカップルという感じで見てたのですが後半はちょっと見方が変わりました。2段ベッド上下に分かれて寝ている時に英則が質問し奈々瀬が答えるシーンや、奈々瀬が胸の内を正直に話した時はいじらしく思えてきたり。。

パンフによると、英則は「週間少年ジャンプを読んでいた中2あたりで止まっている」らしく、漫画がアニメ化された時のような喋りかたになったんだそうな。
奈々瀬はとにかく人に嫌われるのを極端に恐れいつも他人の顔色を窺ってる。人を傷つけないようにするがそれがいつも裏目に。さらに人と話している時トイレに行きたくても我慢し失禁してしまうほど。どこかいじらしく見えてしまうのか男に好かれるタイプ(利用されるタイプでもある)。要は同性に嫌われるタイプ(彼氏に合わせたくないタイプ)。

そんな奈々瀬を見てるとイライラがつのるあずさなわけですが、夫が無職のため妊婦でありながら頑張って働き、たくさん悩み誰よりも泣きたい気分なのに奈々瀬と比べるとどうしても強い女レッテルを貼られてしまう。思わずあずさに共感してしまうのですが、女性なら奈々瀬のように嫌われたくない、面倒な女と思われたくないために断りきれないって部分もあるような。

一言でこの作品の感想を言うなら「なんて屈折した愛なんだ!」。←やっぱコレかな。
なんとも言えない空気感、効果音、4人の独特のキャラ、そして独特のユーモアがありまぁまぁ面白かったデス。4人の俳優女優さんも役にピッタリだったのも良かった^^特に小池栄子さんはまさにハマり役!が、最後の最後まで英則のキャラだけはイマイチ理解できなかった…(-ω-)

乱暴と待機2

「悪人」 吉田修一

『悪人』   

悪人(上) (朝日文庫) 悪人(下) (朝日文庫)

著者:吉田修一
出版社:朝日新聞出版 朝日文庫

<簡単なあらすじ>
長崎郊外の漁村に祖母と住んでいる土木作業員の祐一(妻夫木聡)は祖父母の面倒を見ながら孤独に暮らしていた。一方、佐賀市郊外に住む紳士服店に勤める光代は双子の妹と2人で暮らしており、地味で彼氏もなく職場に行くだけの孤独な生活をしていた。この2人が出会い系を通し知り合い互いの孤独感を埋める存在だと気づくが、祐一は光代に出会う前、同じように出会い系で知り合った女性:佳乃を殺害していた。やがて警察は祐一を容疑者として追跡するようになり祐一と光代は逃避行し始める。この事件によって被害者佳乃の両親、事件が起こる前に佳乃と会っていた大学生の増尾、祐一と同居している祖母の房枝らの心ドラマも描いている群像劇。

<感想>※ネタバレしてます
映画を観て2人の心理・映画化にされるにあたり削られた部分が知りたくて原作本を購入。映画を観てから読んだのでもっと重い雰囲気の本だと想像していたんですが、なんだかシナリオを読んでるみたいな、全く別の第三者が「こんな事件があり、こんな背景でした」と朗読しているような感じがしました。

映画を観た後だとどうしても人物や情景を想像する時、映画のシーンが頭に浮かんでしまいますねー。祐一の背が高いことには「ん?」と思ったものの、私の中では妻夫木くんと深津絵里さんの2人のイメージがすでにがっちり出来上がった状態。もし他の俳優さんだったら…とはもう想像できません^^;

途中から事件に関わっている人物やその周囲の人たちの供述のようなのが書かれており、それぞれの人物像の補足のような役割をしていて、映画より人物像が少しはっきりしたかも。

祐一はずっと孤独感を持って生きてきたと思ってたんですが、今まで寂しいと思ったことがなく寂しいというのがどういうものさえわからなかったと。佳乃を殺してしまってから寂しく感じるようになり自分の話を誰かに聞いて欲しい、伝えることができる誰かに会いたいと思うように。「もっと早く光代と出会いたかった」と言ってますが、祐一の心理状況を考えると事件が起こる前に会っていたら光代のことをここまで思わなかったんじゃないかとふと思ってしまった。。

なので出会い系で知り合いその日のうちにホテルに行き、次会った時には殺人のことを聞かされそのまま逃亡…いくらなんでもこんな短時間でまだよく知らない相手なのに、人を殺したと聞かされ一緒にいたいと思う?とかなり疑問でしたがやはりその疑問は払拭できず。2人の人物像がわかればわかるほどやはり逃亡劇は少し浅はかな行為だったんじゃないかと…。お互いそれぞれが相手じゃなくてもよかったんじゃないかと。

また祐一が母親にお金をせびっていたという話、映画では理由を明かしてなくずっと気になってたんです。でも原作では「どっちも被害者にはなれんたい」と。これはかなり大事な言葉じゃなんじゃ?母親に負い目意識を感じさせないように欲しくもないお金をせびる行為は、捕まる前に光代にした行為と同じ意味合いがあるってことだよね?

祐一の供述によって、自分が無理やり連れ回したと光代を庇っている発言してることが原作でははっきりと書かれてました。その供述を知った上での光代の供述も書かれてるんですが、あのラストの台詞、ますます真意がわからなくなってきました(><)。祐一の供述を信じ本当にそう思ったのか、祐一の優しさを尊重し被害者のフリをしたのか…。私には難しかとよ~。

一体誰が悪人なのか…やはりそれぞれの立場によって悪人となる対象は違ってくると思うのですが、祐一に対し少しでも同情、あるいは佳乃を自業自得と思った時点で佳乃の両親からみれば私も悪人。悪人とは誰かという問いは誰に同情するかという読み手にも含まれそう。

あくまでも個人的意見ですが、映画を観て原作本を読んだ感想としては映画の方が良かったかなと。それぞれの心理は原作より言葉少ないですが、今思えば逆にそちらの方が良かったかも。映画を観て原作本、原作本を読んでから映画とパターンが違うと映画感想も若干違ってきそうな作品でした。

P.S 吉田修一さんの著書を読んだのは初めてと思ってたんですが、どうやら過去に読んだ『横道世之介』と同じ著者みたい。そうだったんだ~。雰囲気が全然違うから全く気付かなかったです^^;
それとネットで注文する時に、妻夫木くんや深津絵里さんが表紙ではないのを注文したはずなのに届いたのは妻夫木くんや深津絵里さんが表紙!あれー?と思っていたら通常の文庫本のカバーの上に映画バージョンのカバーが二重になってた(笑)。
しかもその表紙の裏には原作者:吉田修一さんと映画監督:李相日さんの特別対談が記載されてました~☆

「アマチュア手品師失踪事件」 イアン・サンソム

『アマチュア手品師失踪事件』 移動図書館貸出記録2   MR DIXON DISAPPEARS

アマチュア手品師失踪事件 (移動図書館貸出記録2) (創元推理文庫)

 著者:イアン・サンソム (Ian Sansom)
 訳者:玉木亨
 出版社:東京創元社 創元推理文庫




<簡単なあらすじ>
タムドラムで移動図書館の司書として働き始めたイスラエル。ロージーが助手として手伝ってくれ、北アイルランドの田舎町にも慣れ、ここでの生活もそう悪くないかも…と思い始めていた。が、100周年を迎える地元百貨店の経営者でありアマチュア手品師のディクソン氏が忽然と姿を消してしまい、その上開店前の百貨店の金庫から大金も無くなっていた。行事の手伝いで現場にいたイスラエルは警察から容疑者扱いされヒドい目にあう。容疑を晴らすために自ら事件を解決しようとディクソン氏を捜し始めるが…。『蔵書まるごと消失事件』の続編で移動図書館貸出記録シリーズ弟2弾。

<感想>
感じの良いロージーを助手に従えやっと移動図書館での仕事が始まった!と思っていたら、たまたま現場にいただけなのに失踪&盗難事件の容疑者扱い、このことで上司のリンダからは停職処分を言われ、上の許可なしにロージーを手伝わせたことから懲戒聴聞会に出席するこになり、移動図書館のヴァンは取り上げられ、ロージーからも公明正大な雇用じゃなかったことで責められ、ジョージに借りた自転車まで盗まれる始末。ここまで物事がうまい具合に悪い方向にいくなんて踏んだり蹴ったりもいいところ。

『蔵書まるごと消失事件』では司書としての仕事ぶりが全くなかったのでシリーズ弟2弾は期待してたのですが…
相変わらずイスラエルの周囲の人たちは冷たいのね…。テッドだけはいいこと言ってた。「本からはどんなふうに嘆き悲しめばいいのか学べない。自分で体験するしかないんだ」と。本への愛情に対し疑問を持ち始めたイスラエルにとって勉強になったことでしょう!さらにテッドのおかげで事件解決にむかったも同然。このシリーズの事件解決者は一体誰なんだ(笑)?

あとがきに本書の大きな魅力の一つはイスラエルのキャラだと書かれているのですが、とことん頼りなく動けば動くほど事態は悪くなり、考えれば考えるほど的から外れていく。口下手で口を開けば不利になることばかり言ってしまう…。これをイスラエルの魅力だと思うかは読者次第。。

前回の話では、まぁド素人探偵なんだから鈍くさくてもいいかな?程度に思ってたんですが、疑われたり質問されたり何か言われる度に「ぼくは司書だ!」と言うのが訳わからない。。司書だから何?と私まで聞き返してしまいそう~。司書=無害という意味を込めて言ってるのかどうかはわからないけど、「ぼくは司書だ!」と場違いなことを言うイスラエル君自体、意味不明…

図書館の本を返却期限どおりに返さないのを"社会の崩壊"と"世界の破滅"と"宇宙の週末"と"終焉の到来"と"究極のマナー違反"がひとつにあわさった行為と言うイスラエル。ものスゴイ例えwここまで強い意志を持っているのに、どうして他でこのような意志を見せないのだ?!自ら事件を解決しようとする意欲はあるものの(ホントにあるのか?)何もせず考えなさすぎ…。

彼女(?)の存在はまだまだ引っ張りそーな感じ。この彼女自体もよくわからない存在なので、次作ぐらいではっきりと結論を出して欲しいところ。これだけ主人公に愛着が持てないシリーズは珍しいかも。。

P.S イスラエル君のダッフルコートのポケットにジーヴスの本が入っててちょっと嬉しい♪しかし本ををはじめ、カセット、チョコ、携帯電話などなど、いろ~んなものをポケットに入れてるんだね!

「もう一度デジャヴ」 村山由佳

『もう一度デジャヴ』  

もう一度デジャ・ヴ (集英社文庫)

 著者:村山由佳
 出版社:集英社 集英社文庫





<簡単なあらすじ>
高校生の矢崎武志はテレビを観ていて急に今までにない感情に駆られた。知っているはずがない場所が映し出された時、その場所を確かに知っている自分がおり僕が僕ではなくなってしまった。それからというもの前世の頃の夢を頻繁に見るようになり、次第に前世での運命の人が現実にも存在するんじゃないかと思うようになる。

<感想>
「おいしいコーヒーのいれ方 Second SeasonⅡ『明日の約束』」のあとがきに、矢崎や桐島先生のくだりはこの本とリンクしていると書かれていたので借りてきました。といっても借りてきたのは大分前。。下書きで感想を書いたままアップするのを忘れてたんです^^;なので読んで大分経ちますがとりあえずアップしておこう。

この『もう一度デジャヴ』は勝利と同じ光が丘西高校で陸上部の矢崎君が主人公のお話。といっても勝利やかれんは一切登場しないんですが、友人の狩野や夕子は登場。『おいしいコーヒーのいれ方』の文化祭で矢崎、狩野、夕子の3人の関係について勝利が尋ねるというシーンが確かあり、その答えが今回わかりました。
そして『明日の約束』での矢崎君の意味深なセリフ「あなたとは、二度と……」という意味も。
この答えは『もう一度デジャヴ』に全て隠されてます。『おいしいコーヒーのいれ方』ではあまり目立ちませんが、本作品を読んで矢崎君の前世からの一途な想いにちょっと感動^^

現代と二百年前の前世の話が交互になっており、誰が誰の前世なのかも最後にはわかるように。
矢崎クンは、自分が何度も繰り返し違う前世の夢を見るわけですが、その夢の中には決まっていつも同じ1人の女性が登場。その時の前世によっていろんな出会いをし、いつしか愛し合い、そして最後は必ず引き裂かれてしまうという…。
現代でもその運命とも言うべきその女性と出会うんだろうかと思い始め、次第に夢の中の女性はこの世に実在すると信じ始めるというストーリー。といっても現代よりも前世の話の方に重点を置いており、こちらの話が結構面白い^^

過去ではいつも悲しい別れなんですが、現在は…。でもよ?2人はめぐり逢う運命にあったとしても必ず引き離されるのも運命。ってことは、今は幸せでもいつかは悲しい別れがき、また生まれ変わり2人は出逢いまた別れ――という繰り返すんじゃなかろーか。
たとえ周囲は前世とは違う運命を辿ったとしても自分もそうだとは限らないわけで。だってまだ高校生だし先は長い。
な~んてついつい悪い方へ考えちゃいますが、きっと大丈夫!←根拠はなにもないけど(笑)。

「悪人」

『悪人』   

悪人

製作年:2010年
製作国:日本
監督:李相日 
原作:吉田修一
音楽:久石譲
出演者:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、樹木希林、柄本明、宮崎美子、光石研、余貴美子、井川比佐志、塩見三省、永山絢斗、松尾スズキ

<簡単なあらすじ>
長崎郊外の漁村に祖母と住んでいる土木作業員の祐一(妻夫木聡)は祖父母の面倒を見ながら孤独に暮らしていた。一方、佐賀市郊外に住む紳士服店に勤める光代は妹と2人で暮らしており、地味で彼氏もなく職場に行くだけの孤独な生活をしていた。この2人が出会い系を通し出会い互いの孤独感を埋める存在だと気づくが、祐一は光代に出会う前、同じように出会い系で知り合った女性:佳乃を殺害していた。やがて警察は祐一を容疑者として追跡するようになり祐一と光代は逃避行し始める。この事件によって被害者佳乃の両親、事件が起こる前に佳乃と会っていた大学生の増尾、祐一と同居している祖母の房枝らのドラマも描いている群像劇。

<感想>※ネタバレしてます
深津絵里さんがモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を受賞したことを受け、この作品を観に行ってきました。原作は読まずに鑑賞。

「ひとつの殺人事件。引き裂かれた家族。誰が本当の"悪人"なのか?」
今までの生い立ちや佳乃からのひどい扱いを受けたとはいえ殺人を犯してしまった祐一なのか、自首しようとする祐一を一緒に逃げようと引き留めた光代なのか、自分に好意を寄せる佳乃を車から追い出し彼女が殺された後も反省の色が全くない増尾なのか、祐一に対しひどい態度や暴言を吐いた佳乃なのか…。

これはかんなり難しい。悪の部分は誰もが持っているし、それぞれの立場によって悪人と思う対象人物がおり、それぞれが誰かに悪人と思われているわけだから。

被害者の父が言う「大切な人がおらん人間が多すぎる」。この言葉は大きい。大切な人がいる被害者両親と加害者の祖母。まだ本当に大切な人を見つけていない佳乃と増尾。祐一と光代は大切な人を求めやっと見つけたが遅すぎた。それに気づいた時はもう…。

出会い系で初めて会った男性にその日のうちに体を許し、再び出会い彼から殺人云々を聞かされる。そして彼の自首を引き止め逃避行。いくら孤独で同じような立場というか本気で誰かと繋がっていたいという男性に出会ったからといって、殺人犯と聞かされた上で、その男性にのめり込んでいくというのはありえるんだろうか?
一見、男性に対し物分りのよい女性に見えるけど実はそうではなく、悪く言えば自分の心の隙を埋めてくれる男性を失いたくない、殺人犯とわかっていても一緒にいたいという…。自分の居場所を見つけ、それを手放したくないという心の奥のエゴが前面に出てしまったということなんでしょーか。

光代が殺人犯の祐一に対し、待つと思ってしまうのはいささか安易で軽率すぎるような気が…。光代の中でいろいろ思うことがあったの思うのですが、もう少しそういう心境になってしまった経緯が欲しかったかな。

最後のシーンは祐一がこの逃亡劇の罪を全て被るような行為に見え、光代に対しても加害者でいようとしたという理解でいいんだろうか。また映像ではないですが、彼女が通常の生活に戻っていることから彼女自身もあえて自分が祐一の自首を止め逃亡を促したことを言ってないのかなと。これは祐一の光代に対しての愛情を感じ取ってそれを受け入れたということ?待つということ?

パンフによると監督いわく最後の祐一の顔から観客に色々なものを探り当ててほしいと。
母親に捨てられた灯台、自分を必要としてくれてる光代といる灯台、この灯台で見せる最後の顔…。正直私には分かりません…。なみだ目で少し優しい顔をしているから祐一自身は穏やかな気持ちになれてるのかなと思いつつ、そうではなく全て吹っ切れて新たな気持ち(良くも悪くも)になっているのか。その辺のことは原作では説明されているのかしら。

悪人2

心理がわかりやすく描写されてる人物と、判断は観客にまかせるといった人物がいるので難しい(><)。私は観客に判断をまかされるとかなりの確率で間違った方向へ解釈してしまうので、今回も見当違いの推測をしてしまいそうでコワイ…。原作では事件に至る経緯や祐一の葛藤などが前半部分を占めているそうで、祐一の心理がわかりやすく描写されてるのかな。
祐一が母親に小額であってもお金をせびっていたという話、映画では理由を描いてませんでしたが、原作ではちゃんと理由が書かれているそうな。その部分がラストで祐一が光代に対しての行為とリンクする部分があるとどなたかが評してらっしゃり、とっても気になります。やはり原作も読んでみたくなりました。

総合的に観終えて息苦しくなる作品でした。祖母に一言声をかけるバスの運転手、増尾の友人の1人がいなければもっともっとブルーな気分になっていたかも。

最後に深津絵里さんはやっぱいいわ~。可愛い女性、気の強い女性、そしてこの映画のような役までこなすんだから立派!祐一役は妻夫木聡くんじゃなくてもよかったような気がする…(ファンの方ごめんなさい)。彼にとっては転機となる役かもしれないけど、どうしても普段の好青年のイメージが払拭できない。あれほど金髪が似合わないブッキーはイヤだ(><。)
樹木希林さん、柄本明さんの演技が素晴らしいのはもちろんですが、個人的には佳乃演じた満島ひかりさん、増尾演じた岡田将生くんに拍手を送りたい。よくぞあんなイヤな役を完璧にこなしてくれたもんだと。あっぱれ!

早く原作が読みたいと思い、さっき図書館で予約をしようとしたら予約数がすんごいです!ということでネットで本を購入しちゃいました~。早く読みたいなぁ。

「蔵書まるごと消失事件」 イアン・サンソム

『蔵書まるごと消失事件』 移動図書館貸出記録1   THE CASE OF THE MISSING BOOKS

蔵書まるごと消失事件 (移動図書館貸出記録1) (創元推理文庫)

 著者:イアン・サンソム (Ian Sansom)
 訳者:玉木亨
 出版社:東京創元社 創元推理文庫




<簡単なあらすじ>
憧れの図書館司書として働くためにロンドンから北アイルランドのラスケルテアル市にある片田舎タムドラムにやってきたイスラエル・アームストロング。だが無情にも図書館は閉鎖されていた。すぐ帰るつもりでいたが、娯楽・レジャー・地域サービス課のリンダに言いくるめられ期間限定で移動図書館の出張サポート職員をすることに。だが図書館の蔵書15000冊がきれいさっぱり消えてなくなっており、リンダに「わたしたちの問題」とまた言いくるめられ本を探すハメになってしまう。住民たちに翻弄させられる中、この事件を解決すべく調査していくイスラエルだったが…。

<感想>
大好きな図書館で働けると夢躍らせてきたのに図書館は閉鎖、そしてやりたくもない移動図書館の出張サポート職員を任されるも蔵書は全て消失、そしてそれを探すハメに。移動図書館の運転手にも脅し文句を浴びせられ、リンダにはあれこれと言われ、与えられた下宿先に住んでる女性にもやられっぱなし。
挙げ句の果てに部屋は鶏小屋のよう。他にも脅され殴られ踏んだり蹴ったりの予想外な展開なわけですが、それに対してイスラエル自身もドジで冴えないときてるから対応に四苦八苦。

そんなイスラエルは小柄でぽっちゃり体型のベジタリアン。子供のころから本の虫でその結果、「知的で内気、情熱的で繊細、夢と知識に満ちあふれ豊富な語彙を持つ大人に育ったが、世俗的なことでは全く誰の役にも立たない性格」とのこと。
本人の意志ではなく、本を探すという役割を無理矢理与えられたので当然探偵という資質はゼロ。ロンドンから来たイスラエルはアイルランド訛り(?)や言い回しで住民の話す言葉の半分も理解できということもあり右往左往。よって探偵としての推理はちとお粗末なもの。

主人公の悪戦苦闘ぶりや町の人々とイスラエルのかみ合わない会話が楽しいといっちゃ楽しいんだけど、周囲にいる人々がイスラエルに対し投げかける言葉にちょっと気が滅入ります。特にリンダやジョージ、ヴェロニカといった女性陣たちのキャラがキツすぎるというかなんちゅーか。かといってイスラエルに同情心はわかないのよねー^^;
普通、小説を読んでいると1人ぐらいは愛すべきキャラの人物がいたりするもんですが、不思議なことに本書には愛すべきキャラの人が見つけられない…。これは作者の何かしらの意図があるのかな?

いろんな作家名や本の登場人物が出てくるのは楽し♪こんな会話、普段から本を読んでないとできないよ?この町の人は本が好きなんだねー。それがこの話の要だったりするわけですが^^本がなくなった理由にはほわ~んとしてしまいました。
探偵ぶりをポアロ、ミスマープル、ホームズ、コジャック刑事など色んな人物に例えられているものの、どれにも程遠いのは皮肉w?ミステリ内容や推理過程にこだわらず、ただ単に「本が好き」という人にはこの結末は合うかも。

アイルランド、そして移動図書館が舞台というだけで借りてきたのですが、移動図書館貸出記録というシリーズ名なのに移動図書館の活躍は今回なし。次作から本格的に本来の司書としての仕事ぶりが見れるのかな?それなら楽しみなんだけどな。それと普段知ることのない北アイルランドの詳細ももっと盛り込んでくれたら嬉しいかも。風習とか食べ物とかよく使う会話とか。
とりあえず次作も読んでみようかな。でもタイトルが『アマチュア手品師失踪事件』って…。既に私が期待している内容とはちょっと違うような気がしてきました…。

あとがきにも書かれてますが、図書館もので思い出すのがジェフ・アボットの図書館シリーズ。そういや最近新刊見てないなー。久々にこちらのシリーズが読みたくなってきちゃった。

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