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「我的錯都是大人的錯」 幾米

『我的錯都是大人的錯』   DON'T BLAME ME, IT'S NOT MY FAULT

我的錯都是大人的錯

著者:幾米
出版社:大塊文化出版 

<感想>
「誰でも間違うことはある。だから私たちは反省し過ちを改め、再び間違いをしないと誓う。だけど…もし私が、がっかりさせ悲しませる子どもになっても愛してくれる?」という文章から始まる『我的錯都是大人的錯』。←このタイトルから、なんとな~くどんな内容の本なのか想像できちゃうかも?

自分が完璧な子どもじゃないことを知っているが、両親だって完璧じゃない。だからお互い我慢して強く生きていかなきゃ。どっちもどっちなんだから!って感じかしらん。

子ども目線から、大人が子どもに望んでいることをいろいろと書いています。それに対し、「大人もかつては子どもだったでしょ、なのにその考えはどーして?!ホント大人は私たちのことわかってないんだから」と子どもは分析。大人も子どもも皆間違ってる。お互いが本当の姿がどんなのか知ろうとしない。大人は自分の子どもを理想の子に当てはめようと希望を持つが、子どもの心情は…。

偉大な人の話もいろいろと出てきます。が!中には難しい文章が~。難しすぎて私には訳せないよ~(悲)。が、が!全部ではないけれど、超有名な人の言葉はネットに訳が載っていたのでそれを参考にさせていただきましたm(_ _)mホッ

子どもの言い分に納得する部分もありつつ…。例えば、
・大人は子どもに「永遠に夢を捨ててはいけない」と言うが、なぜ夢を捨てるのは大人なのか
・大人は、自分の子どもは物分りのいい子でいて欲しいと思いつつも、永遠に純真で無邪気な子でいて欲しいことを望む

わかるような気もするけどもし自分が親になったら同じことを思いそうだ^^;

逆にあー言えばこう言うといった言い分も。例えば、
・子どもは目を閉じて花を見て夢を見て希望を見る。大人は目を閉じたら寝ちゃう。その上、いびきをかきヨダレを垂らす。
←深い意味があるのかもしれませんがど笑っちゃった(笑)。

全部読み終えて…というか全部読み終えてませーん。へへ^^;私の読解力では無理なんです。。実際には本書の半分ぐらいしかまともに訳せなかったと思います。途中、挫折して訳してない部分もあったり。。

最後の方では、「私が○○したら、こうしてね」という文章が多いのですが、なんとな~く子どもの「もっとかまって欲しい、もっと私を知ってよ」といったような意味合いがあったのかなーと。いや、最後の締めくくりを私自身が理解できてないので違うような気がちらほら^^;くぅ~、中国語初心者には幾米の訳はつらいよ~。なのに年末年始に台湾に旅行した時に、幾米の最新本を買ってきちゃった。。頑張って読まなきゃ!

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「遺失了一隻貓」 幾米

『遺失了一隻貓』   MISSING MY CAT

遺失了一只猫

著者:幾米
出版社:大塊文化 

<簡単なあらすじ>
彼と別れた日の夕暮れ時、彼女の猫がいなくなった。いたる所探し尋ね回り、猫のポスターを作りいろんな場所へ貼ったりしたが見つからない。彼女は同時に2つも大事なものを失い、何もする気が起こらずまるで抜け殻状態。ふさぎ込み落ち込む毎日を送っていたが…

<感想>
彼と別れ大事な猫がいなくなり、彼女の落ち込みようといったら…。ひどく動揺し生活するにあたっての意欲が全くなく、いろんな事を忘れ、自分自身さえも失った状態で彼女の精神状態はボロボロ。楽しい事を想像してはみるけど結局はネガティブな方向へ考えはいってしまう。落ち込んでいる時、ここまでいろいろ想像を膨らませる彼女はある意味想像力豊か(いや、正確には作者の幾米の想像力なんだけどね~)

わけもなく夢の中の出来事を恐れるのはなんだろう、愛に対し不安を持っているような。大切なものを失った今、彼女を愛するものはなく彼女も自分を愛していない。

彼女は一体どうして彼と別れたんだろう?彼が一番疲れている時に「私のこと好き?」って何度も繰り返し聞いたり、早朝に謝るもまた同じ事を夕暮れ時に繰り返したから?その他にもきっとどこかで空気を読まない何か間違いをしてしまったっぽい。。

猫はどうして出ていったんだろう。夜中に声を殺して号泣している彼女に猫がびっくりして家出。それだけで出ていっちゃったのかな?彼女の悲痛さに慣れているから、猫は彼と別れた時の彼女の心情を察知していないくなったのかな?

なんだかんだと悩み落ち込み悲観したあと、現在の彼女は、以前、勇気がなく出来なかった事を 試してみようとポジティブに考えるように。この心境の変化もイマイチわからない…。だけどこの変化から状況が良くなっていくってことは自分自身を愛せるようになったのかしら。

最後から2ページ目の絵を見ると、別れた彼が猫を連れて帰って来てくれた?となると門の外から聞こえるよく知ってる足音は猫ではなくその彼?(よく考えたら門の外の猫の足音なんて確かに聞こえないよね~)
私、訳すにあたり完全に何か勘違いしてるような気がする。これは猫と彼女との話だと思っていたけどどうやら別れた彼もこのストーリーにかなり関係しているような…。

いつもなら意味がわからない文はそのページに描かれている絵を見て勝手に想像していたのですが、今回は物語に沿って描かれてなく、色んなシチュエーションにいる様々な猫の絵だけで展開されているので文を勝手に想像できませんでした(TT)。なので今回は正確に訳せていない自信大アリ(笑)!

最も理解出来ない箇所は、
「她常常陷在鬆軟的沙發裡羨慕她的貓咪,她的貓咪正在實踐她的幻想」
彼女の猫はちょうど彼女の幻想(夢)を実行(実践)している?これはどういうことなんだろう。も、もしや猫が彼女を操っているのか?!んな訳ないか(笑)
うーん、今回は本当に訳が難しい。難しすぎて訳せなかった箇所は飛ばしちゃったし(笑)。今回は感想というより、疑問に思ったことを並べただけになっちゃった。猫を探し回る彼女の姿、落ち込んでいる時の様々な感情だけしかわからなかったかも…


幾米は過去、現在合わせて8匹の猫を飼っているそうです(現在は3匹)。その名前が可愛いんです♪「童童」「皮皮」「小光」「小月亮」「小太陽」「地球」「花花」「巧克力」。中国名のことはよくわからないけど、キュートな名前だってことは雰囲気でわかります♪今作品に描かれている猫たちはいろんな模様をしており、色んな場所におり、みな我が道を行くといった個性ある猫ばかり。今までの著書を見ると猫が登場するシーン(主役じゃなくても)はかなり多い。もしかして飼ってる猫ちゃんたちをモデルに描いていたのかなー?

遺失了一只猫1遺失了一只猫3
遺失了一只猫5遺失了一只猫2
遺失了一只猫10

「走向春天的下午」 幾米

『走向春天的下午』  ONE MORE DAY WITH YOU 

走向春天的下午

著者:幾米
出版社:大塊文化出版股?有限公司

<感想>若干ネタバレしてるかも?!
仲の良い友達の維亜ちゃんに宛てた手紙と思われる文章でストーリーは始まり、どうやら彼女との約束を果たすことを決心した模様。

晴れて花も咲いている中、"私"は犬の阿吉と一緒に出かけます。道中、維亜ちゃんと自分と阿吉しか知らない秘密の道、一緒に泳いだり金魚を放した河、泣き止まない小鳥を見て騒ぎ合っていた自分たちを思い出すなど、維亜ちゃんとの思い出を振り返りながらどこかに向かってる様子。。道のりだけでなく、彼女と過ごした出来事事態を振り返っている感じかな。

維亜ちゃんは登場しないものの、どんなことでも良い方向に向かうと思っており、ライオンのように威風ある女の子でいつも前向きな女の子。
逆に"私"はどんなことも悪い方向に考えてしまいがちで恥ずかしがり。そしてあれこれ空想にふける出すと止まらない性格。本当はあれこれしたいのに出来なかったり反対のフリをしたり…。なんだか対照的な2人のようです。でも仲良し♪

途中から"私"に何かつらいことがあったんだなと徐々にわかっていくように。そのつらいことというのも薄々わかるのですが、維亜ちゃんの家族であるサーカス団の人たちを出会うことで納得。
そこでどんな辛いことがあっても涙を慢して皆を笑わせる彼らと出会ったことで、"私"は一歩前へ踏み出せたんだなぁと。人を笑わせる人はこれまで悲しいことがないと思っていた"私"、でも維亜ちゃんの家族に出会いつらい時に人を楽しくさせる努力をしているんだってことを知ったのね。一緒にダンスをし、今度は温かい涙を流せた"私"は現実をちゃんと受け入れることが出来たってことなのでしょう。
いやいや、ちゃんと訳せたかはわからないけど奥深い物語です。

今回も訳するのにとってもとっても苦労しました~。いつもと同じく全体的に抽象的だし辞書に載っていない四字熟語があったりしてもう大変(苦笑)。「査理」がチャーリーという名前だってことだって後になって知りましたもんw「小捲毛」も一応名前なのかな?愛称みたいなもん??

幾米の絵本に出てくる家族(維亜ちゃんの方ではなく"私"の方)っていつもどこか寂しい雰囲気があるような気が…。『星空』もそうじゃなかったっけな?両親の温かい愛情に包まれて…というのではなく、孤独感を感じてる子どもがある経験をして成長し、大人への階段を一歩あがっていくという感じ。

絵だけを見てると、飛び跳ねるという意味の漢字の文字まで飛び跳ねてる感じで書かれてたりしてて雰囲気が伝わってくるのがなんとも楽しい♪逆に「1人で大人になるのが怖い!」といった意味の漢字は字の大きさに強弱をつけたりして"私"の心の声が聞こえてきそう。

オリジナルを辞書片手に読んだ時はいつも思うのですが、間違った訳をたくさんしてそうで本来の意味をちゃんと理解してないんじゃないかと^^;全くの見当違いの感想だったらどうしよう?
見当違いの感想でも自分なりにこーじゃないかと勝手に解釈し、堂々と奥深い内容だったと書いてしまう私ってある意味スゴイ(笑)?!

「ブルー・ストーン」 幾米

『ブルー・ストーン』  藍石頭  THE BLUE STONE

ブルー・ストーン

 作・絵:ジミー(幾米)
 訳者:岸田登美子
 出版社:小学館




<簡単なあらすじ>
一万年が過ぎ、千年が過ぎ、百年が過ぎ、十年が過ぎ、そして一年が過ぎた。森の奥深くに青く光る石があった。世界が終わる時までここにいるだろうと石は思っていたが、ある日森で火事が起こり全ては無に。いずれ全てが元に戻るだろうと思っていた最中、人間の手により石は2つに割られ半分だけが様々な場所へ運ばれその都度身を削られ小さくなっていく、森へ帰りたいと強く願う石の運命は…

<感想>
つい先日、幾米の本を読み自分がどの本を持っているのか、どの本を読んだのかをチェックしてみました。そしたら日本語版が出版されてるのに読んでない本書に気付き早速図書館で借りてきました^^私の中ですっかり読んだ気になってなのですが読んでなかったよ~(><)。

森に残された片方の石を思い出し、森に帰りたいという強い想いがつのると自ら身を砕いてしまう。するとまたどこかで何かしらの形に削られる。砕けては削られ砕けては削られ、どんどん小さくなっていきます。小さくなるにつれ帰りたいという想いはますます強いものに。
自分の存在が人間の心を慰められなくなった時、また人々の嘆き・孤独を感じ自分の事を思い出した時、ますます小さくなっていく石。それと同時に森の記憶さえも薄れていってしまう。

これは石の旅物語?

・何万年もの時をかけ森が育つのをみてきた石、今度は人間の様々な情に触れる。
・強い想いがあればいつかは願いが叶う。
・石は弱い人、寂しがりやの人を癒してくれる。が大切にされては捨てられる。逆に言えば人々は最初は大事に大切にするが飽きたりいらくなったらすぐ捨てる。
・行く場所ごとで喜ばれる形に削られ人々の心を慰めたり心を温めたり…。逆に言えば人々は求めるばかり。

いろんな意味に捉えることが出来そうな内容のような気がします。
ところで石が列車の線路にいる時、前ページまではなかったピンク色の靴が落ちているのが気になる…

「1.2.3.木頭人」 幾米

『1.2.3.木頭人』  BLINKING SECONDS

1.2.3木頭人

 作・絵:ジミー(幾米)
 出版社:大塊文化出版股份有限公司 

<感想>
昨年、友人からいただいた5冊セット「幾米袖珍本2000→2002」のうちの1冊。

読む前までずっと一つのストーリーになってるのばっかり思っていました。だけど読みはじめて何かおかしいと…どうも話が繋がらない。私の訳し方が大幅に間違ってる??と不安になりあとがきを読むと、カード・短いコラム・書籍や雑誌の表紙・文章の挿絵等々、1996-2001年の間にいろんなメディアのために制作した絵を集めたそうな。

「幾米袖珍本2000→2002」には5冊+メモ帳が付いており(画像でいうと箱の横にあるブルーのストライプのです)、そのメモ帳には少しの挿絵が描かれてるのですがここからも幾つか選ばれてることを発見!メモ帳には挿絵だけなのに『1.2.3.木頭人』ではちゃんと文章も付いてる。あとから文章付けするのって大変な作業だろうな~。

このように一つのストーリーではないので、一つ一つの絵を見るたびその絵の世界へ。だけど話が繋がってない分、そしてその絵についての文章も数行しかないため意外と訳が難しい…絵だけ、文字だけと単独では意味がわからず(多分そう思うのは私だけ^^;)、両方を見てかろうじて何とか意味が理解出来たかも?という感じ。。本書は様々なメディアに掲載された幾米の単独の絵を楽しむものかなと思います。

途中、辞書を片手に訳すのが少ししんどくなってきた時、偶然にも「加油!一定可以做到的!」という文字が書かれており、幾米から私へのメッセージじゃないかと一瞬思え頑張って最後まで読むことができました(TT)。勝手な思い込みってこういう時に役に立つのよね~(笑)。

どうして『1.2.3.木頭人』というタイトルなのかなと思ってましたが、あとがきを読みなんとなくわかったような気が…。幾米氏は絵を描くことが好きなものの原稿の依頼がなければ積極的に制作するのは難しい。一つ号令がかかれば反射して動く(描く)ことができる。自分はまるで木頭人のようだと。うん、なるほどなるほど。このタイトルは自分自身のことだったのね。と勝手に思ってますが全然違ったりして(笑)。

1.2.3.木頭人2

「星空」 幾米 

『星空 The Starry Starry Night』  

星空

 作・絵:ジミー(幾米)
 出版社:大塊文化出版股份有限公司







<簡単なあらすじ>
少女は両親と住んでいるが家の中はとても静か。互いに話すことは何もない。少女は部屋に閉じこもり自分の世界へ。友達はいるにはいるけど言い表わしようがない孤独感を感じる。どうして自分はこんなにひねくれてしまったんだろう?そんな時、クラスに無口な少年が転校してきた。自分から他の人に話しかけずいつも1人。本屋の隅で本を読んだり魚に名前を付けたり…。ある日、2人は街を離れかつて彼女の祖父が住んでいた山の中の家屋に行く。山の中での夜、そこから2人はすばらしい星空を見ることができた。街に戻ったあと、少女は病気になり少年は転校してしまう。少女はあの夏に見た星空は永遠に忘れないだろう。

<感想>
今回は字数もさほど多くないし中国語初心者の私でも辞書片手に何とか訳すことができました。といっても間違ってる部分が多そうだ^^;絵がとても多く、読んでいて少女の気持ちや置かれている状況に自分が入り込んでしまいそうに。彼女のいる環境はよくわかったものの、どう成長したのかという明確な答えはない(と思う)。

彼らはお互い孤独という似た部分があるのですが、少女目線で話が進んでいくので少年の本音はよくわかりません。彼女の言うとおり"原来,他才是眞正的魔術師"なんだろう。

少年は自分の世界を持っており、自然をあるがまま受け入れてる彼を少しうらやましいと思っている少女。1人の時間の過ごし方を知っているかのような少年。彼はきっと作中にもある通り星から来たに違いない。うん、きっとそーだ。だけど少年も寂しい思いをしており、2人はやるせない思いになることもある。うーん、中国語は他の著書に比べ易しいものの、内容は読む者に任せるって感じでしょうか。要は"抬頭望著星空,世界變得好大好大……"ってことです(笑)。もしかして「中国語初心者の私でも辞書片手に何とか訳すことができました」とか言っときながら実は全く見当はずれな訳をしており内容をちゃんと理解してないかも^^;

どうしても理解できなかったこと。

・祖父からもらったゾウのぬいぐるみ → 成長する
・母からもらった子猫のぬいぐるみ → 成長する
・最後に誰かにもらった本物の子犬 → 成長しない

これは何か絶対に意味があると思うんですがどんな意味があるのかわからない…。も、もどかしい。


調べていると原画展「幾米星空特展」が華山創意園區中一館で8/8~12/6まで開催していたそうな。お盆時期に台湾に行ったのに知らなんだー(TT)。しもたー!

余談:現在たまたま台湾でゴッホ展をしており、そのHPで気づいた私。
ゴッホ→梵谷 
ってことを…。作中に梵谷という単語が出てくるのですが、古代インドの谷(あるいは仏教の谷)と訳してたよ…。イメージしにくい谷だなと思ってた^^;。って絵本の最後の方のページにちゃんとゴッホのどの絵か描かれてた(笑)。もしかして私、直訳ばかりで肝心な部分をちゃんと訳してないかも?!ガーン(TT)。こうやって少しずつだけど単語を覚えていけるのでこれからも原語の本(もちろん絵本レベル)をどんどん読んでいきましょう^^

「うざい発明」 アンディ・ライリー

『うざい発明』  DIY DENTISTRY

うざい発明

 著者:アンディ・ライリー (Andy Riley)
 出版社:青山出版社





<感想>
『自殺うさぎの本』『またまた自殺うさぎの本』の著者アンディ・ライリーによる絵本。
表紙に"殺生で畜生なアイディアが満載!!"とあるように、いろんなアイディアが書かれてます。そしてタイトルにもあるようにどれも"うざい発明"ばかり…便利なんだか便利じゃないんだかわからないところがまた面白かったりするんだな、これが。

個人的には"お先に失礼オーダーマシーン"が欲しい(パブ等で混雑したカウンターで自分以外の客を蹴散らすようなもの)。これはいい!ただこれを背負って飲みに行くのはちとツライ…

"カロリーゼロ・バーガー"(ハンバーガー分のカロリー消費するまで食べることが出来ない)もなかなか!これは是非アメリカで売り出すべき代物。

この発明品は結構いいかも?と思ってもその装置がバカでかくて実用的でなかったりするのが大半。(そもそも実用的なモノは一つもないけど^^;)
でも"ワンデーぶとん"(大きなティッシュ箱に使い捨てぶとんが入ってます)は夏、汗っかきの人には売れるかも。
"100%保証の減量法"はとっても気になるタイトルではあるけれど、必ず誰でも体重が減るという内容がかなりブラック。というよりイタい…

実際あったらウザいけど一度体験してみたいというのもちらほらあったり。全体的にくだらない発明ばかりだけど(笑)。だけど相変わらずよくこれらのアイディアを考えたなと感心。『自殺うさぎ』ほどのブラックさはなく、どちらかと言えばユーモア発明って感じかな。

この本の原書タイトルは『DIY DENTISTRY』。中を読むとこの原書タイトルの意味が判明。

DIY DENTISTRY1 DIY DENTISTRY2
 
DIY DENTISTRY3 DIY DENTISTRY4

なるほど!そーゆーことね。ちなみに原書の表紙は右上の絵なんですが、日本語版は犬が自分でフンの始末をする絵。どうしてこの絵にしたんだろう。こちらの方が可愛らしくて日本人の購買意欲を刺激するから?

『自殺うさぎの本』ほどではないけど楽しめた1冊でした^^ ← 『自殺うさぎの本』はインパクトありすぎだよ(笑)。

「メモリーズ」 幾米

『メモリーズ』  照相本子  MEMORIES OF YOU 

メモリーズ―Memories of You (創作絵本シリーズ)
 作・絵:ジミー(幾米)
 出版社:小学館






<感想>
あとがきによるとこの本は、「写真を撮る前後の面白さを捉えようとしたもので、全てが自由奔放な想像ではあるが、その中には、生活に対する不安な気持ちと子供の頃のかすかな記憶も少しは混じっている。そして楽しさの中には多少の滑稽さ、悲しみの中には多少のユーモアがある。ただただ無邪気な優しさもあり、悲しみと喜びの交錯した面白さがある」なんだそう。そうなんだ、著者本人のかすかな記憶も交じっているんだ~。どれだろ?

写真を撮る時ってほとんど場合身構えるもの。なので心の中では違うことを思っていてもカメラを前にすると笑顔の自分を作ってしまうこともあるはず。
後々その写真を振り返った時、他人から見れば楽しそうに見えたりしちゃうもんです。子供の頃の写真は泣いてる姿もあればふくれっ面のもあったり、その時の感情がそのまま写真になってる(笑)。子供の頃の写真を見るのは楽しいね~♪

この本は子供の頃から大人にいたるまでの写真(実際は絵だけど)で成り立っており、その時の状況説明や気持ちなどが書かれています。
著者は絵が可愛いだけなく、名言を考えるのもうまい!
例えば子供の頃、大人になったら恐竜より大きくなるんだという少年のことを、「あのころの僕をうそつきと呼ばないで おとなになる前に許されるつかの間の無邪気」と。
または「こどもの頃のあこがれは 夢の中でかなうもの」。うんうん、子供ならではって感じです。  
「子供の頃の写真を見て、楽しかった出来事は思い出すけど一緒に写ってる友達の名前は思い出せない」というのは納得。誰かの誕生日会の写真を見ても、隣に座ってるクラスメイトの名前が思い出せないってことあるある。 

ユーモアだって忘れちゃいない。世界帽子デザインコンテストの記念撮影、カメラマンのやきもちは面白い♪
いつも遅れてくる電車を待つ時間に正確な男性の話もユーモアあって面白い。と思っていたらその写真に対し「同じように刻まれる毎日 待つだけでは幸せはこない」って…。私のこと(笑)?胸にグサってきたよ^^;                                                                                                                「水着姿を見られるのが恥ずかしくてバスタオルをはおってた少女時代、時は流れ見せたいと思うころには輝きはひっそりと消えていく…。」私の場合、見せたいという思った時からさらに時は流れ、水着って何?着る物だっけ?って次元まできてます(笑)。

楽しい思い出や苦い思い出、様々な思いが込められた写真には著者の思いも込められてるんですよね。この本を読んで昔撮った写真に対する思いがよみがえってきちゃった。
『君のいる場所』に関連したような写真もあったり、楽しくそして懐かしく読める1冊でした。過去を思い出すヒントとなる写真ってやっぱりいいね♪

「君といたとき、いないとき」 幾米

『君といたとき、いないとき』  月亮忘記了  WITH MY LITTLE MOON

君といたとき、いないとき
 作・絵:ジミー(幾米)
 訳者:宝迫典子
 出版社:出版社:小学館





<簡単なあらすじ>
ある日、月が地上に落ちてしまった。その落ちた月を森で偶然見つけた少年は家に持ち帰る。一方世の中では月のいなくなったことで大ニュース。小さな人口の月が大量に作ら一時的に街は明るくなるが、いつの間にか街角はすさんでしまい人口の月はどんどん捨てられるように。そんな時、少年と一緒にいた本物の月は自分の本来の姿を思い出すように・・・。


<感想>
まずは冒頭。これにはびっくりです。だって月を見ながらベランダの柵に座ってる男性がいきなり・・・(これ以上はネタバレになっちゃうので書けない~^^;)

月が夜を照らしてくれるのは当たり前のことで、いざ月が世の中からなくなると世界はパニック状態。だけどすぐさま人口の月が大量生産されるってのは現代を象徴してるような。月は暗い夜を照らしてくれるのが当然と人は思ってますが、いざ月がなくなると恐怖におちいり、代替のものを作ることで安心。最初は小さくて可愛らしい月をみな大事するも、飽きて捨ててしまうのも現代を象徴してる。

一方で、孤独だった少年と月。この両者は出会うことで互いに寂しさを埋めていったのかな。少年は何かするごとに母親のことも触れており、自分に関心を示して欲しいのがよ~くわかります。
暗闇=孤独?孤独=自分自身?うーん、2回読み直しましたがジミー作品は考えれば考えるほど奥深すぎていろんな意味に取れます。一体どこまでが夢というか想像なんだろう。ってどうみても現実じゃないけどさ(笑)。
これほど読者に問いかける絵本作家がいるとは!絵本で字数が少ないとはいえ訳者は大変だ。
だけどジミー作品は言葉がなくても画だけでも惹かれてしまう。
ほかの作品の主役たちが脇役として登場するところはもうお決まり!!しかも全然無理やりではなく、脇役としてもちゃんと自らのストーリーの一環として登場してるのがすごい。

そういや少年に拾われた月が徐々に大きくなっていってる・・。最初は手のひらサイズだったのにどんどん大きくなっていってるのは月が少年の愛情を受けてるからなんだろうか。ん?愛情?
ここからは私の勝手な解釈。
"大人になった主人公は孤独で、仕事あるいは恋愛に疲れている。で、心がすさんでいる時に冒頭の出来事が。夢の中で少年時代に月と一緒に過ごしたこと、親友である月が今もずっと空から見守ってくれてることを思い出す。"
どうでしょ?想像だけが膨らんでいく・・。ジミー作品は頭の活性化になるわ~(笑)。

個人的に好きなシーンは傘をたたく雨の音を聞きながら散歩する少年と月。月の嬉しいそうな顔も素敵ですが、傘をたたく雨の音もいいかもしんないと思えるようなシーンでした♪

「君をみつめてる」 幾米

『君をみつめてる』  我的心中毎天開出一朵花  A GARDEN IN MY HEART             

君をみつめてる
 作・絵:ジミー(幾米)
 訳者:岸田登美子
 出版社:日本文芸社





<簡単なあらすじと感想>
本書に収められた作品のほとんどは、『中国時報』の「居家週報」に掲載されたもの。コラムのタイトルは「一輪の花」。
なんて言ったらいいんだろう、寓話的な絵本です。ジミー作品は大体奥深いテーマなんですが、これもそういった感じでしょうか。一話完結ではなく62話からなる絵本なのですが、内容は実にさまざま。
・絵は悲しげだけど内容を読むと希望につながる前向きな内容だったりロマンチストだったり。が、悲しげな絵の通りの内容だったり。
・絵は楽しげだけど内容は悲しげだったり。が、楽しげな絵の通りの内容だったり。
・絵は希望的だけど内容は現実味たっぷりだったり。が、そのまま夢のような内容だったり。
・中には詩的なものがあったり、意味がよくわからないものがあったり(笑)。

目次前にある巻頭部分を見ると、「出来ないこともあるけれど、チャレンジすることが大事なんだ!」といったメッセージのような絵があるので目的を失った人・何かをする前から諦めてる人に勇気を与えてくれるような内容の絵本かと勝手に思っていたのですが、中には少し違うのもあるのかな?

・悲惨な状況であっても自分の気持ち次第で前向きに!
・夢を持つことは楽しい!
・不安な今、今後どうすればいいのかわからない・・・。
・何かに夢中になってても、ふいに何のためにこんなことをしてるのかと。 などなど

いろんなテーマがありすぎて、頭がごっちゃになりそう(苦笑)。新聞のコラムに掲載されたものなので、1冊の本として読むと一貫性を求めづらくなるのが難点。エッセイではないので余計に一つ一つのストーリーについて考えてしまう。

余談ですが、ジミーのエッセイがあれば読んでみたいな~。あとがきがエッセイっぽい時があり、エッセイ集を出すときっと面白いと思うんだけどな。でもこういう絵本を書く人は絵本のイメージがあるからやっぱりエッセイは出さない方がいいかも。←どっちだよっ!

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